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スペシャルインタビュー Vol.6 開拓使の麦酒工場は、いまも人々を潤す。スペシャルインタビュー Vol.6 開拓使の麦酒工場は、いまも人々を潤す。

サッポロビール博物館
館長住吉 徳文さん

Profile

札幌市出身。1985(昭和60)年、サッポロビール株式会社に入社。マーケティング本部や経営戦略本部、営業本部の要職を歴任。2016(平成28)年に北海道本社副代表 兼 北海道本部 副本部長 兼 サッポロビール博物館館長。翌年、北海道本社副代表 兼 北海道本部 統括支社長に就任、2018(平成30)年9月より再び現職を兼務する。

産業のまちとして発展した「苗穂地区」

サッポロビール博物館 館長 室長 住吉 徳文さん

産業のまちとして発展した「苗穂地区」

「サッポロビール博物館」のある苗穂地区は、「札幌苗穂地区の工場・記念館群」として北海道遺産に選定されています。JR北海道苗穂工場、北海道鉄道技術館、酪農と乳の歴史館(雪印メグミルク)、トモエ札幌醤油蔵(福山醸造)、千歳鶴酒ミュージアムなど、さまざまな企業の施設がありますね。

歴史をさかのぼると1876(明治9)年、いまのサッポロファクトリーの場所に「開拓使麦酒醸造所」「札幌葡萄酒醸造所」「札幌製糸場」という3つの工場ができました。このうちの開拓使麦酒醸造所が、のちに「サッポロビール」になります。なぜ、この地が工場の建設地に選ばれたのか。理由の一つが、伏流水。地下水が豊富で、水を多く使う産業に向いていたのです。ご存じのとおり、ビールづくりも水を使います。さらに、氷も大量に必要でした。冬になると豊平川の氷が使えることは、ビールづくりには好都合でした。条件が整っていたからこそ、冷製「札幌ビール」が誕生します。これは、日本人がつくった最初のビールで、開拓使麦酒醸造所の置かれた場所は、まさに日本のビール発祥の地です。この地に工場が建てられたもう一つの理由は、水運。大友堀と呼ばれていた創成川や伏古川が石狩川へと繋がっていて、水上運送ができたのです。時代と共に、そこから苗穂駅のあたりまで工場地帯は広がりました。こうして苗穂地区は、産業のまちとして発展していきます。

サッポロビール博物館の建物は、1890(明治23)年、札幌製糖会社の工場として建てられたもの。1901(明治34)年までの11年ほど、北海道で収穫されたビートから砂糖をつくっていたそうです。敷地内には、引き込み線と呼ばれる専用の線路がありました。その後、製糖工場は製麦工場になります。1903(明治36)年、開拓使麦酒醸造所を引き継いだ「札幌麦酒会社」が買い取り、1905(明治38)年から1965(昭和40)年まで、ビールの原材料である麦芽をつくっていました。引き込み線は、苗穂駅まで麦芽を運ぶために1909(明治42)年から使ったと記録にあります。史料があまり残っていないものですから、詳しくはわかりませんが、いまのホクレンホームセンターの場所に農産物を運ぶ引き込み線、再開発をしている旧北ガス工場跡地にガスを運ぶ引き込み線があったようですね。

鉄道とサッポロビールの縁は深いですよ。東京に「恵比寿」という地名がありますね。「恵比寿ガーデンプレイス」のある街です。1901(明治34)年、ヱビスビールのルーツ「恵比寿ビール」の原料や製品を輸送するために貨車専用駅ができます。これが「恵比寿停車場」と名づけられ、1928(昭和3)年には付近の地名がついに「恵比寿」となりました。北海道には、社名をつけていただいた駅がありますね。恵庭の「サッポロビール庭園駅」です。道内では唯一の企業名の入った駅であると聞いています。

製麦工場から憩いの場へ〜ビヤホール・博物館の誕生〜

サッポロビール博物館 館長 室長 住吉 徳文さん

製麦工場で製造した麦芽は、いまのサッポロファクトリーにあった第一工場へと運ばれて、ビールになりました。その後、第一工場に製麦工場が併設され、さらに、いまのアリオ札幌の場所に大きな第二工場と製麦工場ができます。もとの製麦工場が閉鎖されたのは1965(昭和40)年。工場としての役割を終えたとはいえ、歴史的建築物として価値はありますので、「開拓使麦酒資料館」として残すことにしました。また、建物の一部を生ビール飲み放題、ジンギスカン食べ放題のレストランにしました。これが「サッポロビール園」です。当時のキャッチフレーズは「隣の工場で今できたばかりの爽快な生ビールをどうぞ!」というもの。このときから、ここは地域に開かれた場所となっていきます。

1987(昭和62)年、資料館を改装して「サッポロビール博物館」としました。サッポロビール発祥の札幌にあって、まちの歴史、北海道の歴史と近代産業史、ビールの文化をしっかりと残して、後世に伝えていきたいと考えています。

1987(昭和62)年、資料館を改装して「サッポロビール博物館」としました。サッポロビール発祥の札幌にあって、まちの歴史、北海道の歴史と近代産業史、ビールの文化をしっかりと残して、後世に伝えていきたいと考えています。

札幌第二工場の閉鎖とサッポロガーデンパークの開業

サッポロガーデンパーク

ビール工場の跡地を活用して、地域の生活により深く関わる場所をつくりたい。その思いが、1993(平成5)年開業のサッポロファクトリー、1994(平成6)年開業の恵比寿ガーデンプレイスになりました。2003(平成15)年に札幌第二工場が閉鎖したとき、やはり同じ思いで、「サッポロガーデンパーク」をつくったのです。サッポロビール博物館・サッポロビール園・ショッピングセンター「アリオ札幌」・北海道日本ハムファイターズ屋内練習場から成ります。この建物や原生林、公園を残して、景観にも配慮しました。

2016(平成28)年は、開拓使麦酒醸造所の開業からちょうど140年。それを記念して、サッポロビール博物館をリニューアルしました。歴史にフォーカスした展示になっています。目玉はワイド6K映像シアター。開拓使麦酒醸造所を開いて、冷製「札幌ビール」を生み出すまでのショートストーリーを上映します。開拓使がビールづくりをはじめたきっかけとなる重要人物は3人。開拓使長官の黒田清隆、その部下の村橋久成、日本人ではじめてドイツでビール醸造を学んだ中川清兵衛です。彼らが国産ビール第一号を生み出すまでの物語は、感動しますよ。これは、ブランドコミュニケーターというガイドが案内するプレミアムツアーのプログラムです。このツアーの締めくくりは、ビールの試飲。創業した1876(明治9)年当時のレシピでつくった「復刻札幌製麦酒」と、最先端の技術でつくっている「サッポロ生ビール黒ラベル」の飲み比べができて、大好評です。

「ふるさとのために、何ができるだろう?」

サッポロビールは、開拓使の事業の一つとして142年前に産声をあげてから、北海道に育てられてきました。北海道とともに発展していきたいという思いが、「ふるさとのために、何ができるだろう?」というスローガンになっています。サッポロビール博物館としては、札幌市内や北海道内のお客さまにもお越しいただきたいと考えています。住んでいる人が、札幌や北海道のよさを発信していくことが重要だと思うからです。博物館の周辺には、札幌軟石の蔵やレンガ造りの建物が点在しています。点と点が散歩道で結ばれて、その間にカフェやブティックなどが増えれば、歴史的景観の残るおしゃれな街になれるのではないか。サッポロファクトリーからこのあたりまで一体化して、そんな街にしたいという夢がありますね。

そういう意味でも、新しい苗穂駅には大いに期待しています。周辺へのアクセスのよさが格段に上がるので、苗穂駅からの人の流れが新たにできるでしょう。近い将来、北海道新幹線が札幌までやってきます。創成川イーストはますます盛り上がりそうですね。北海道のよさとサッポロビールのよさをPRして、観光と食を盛り上げていけるように、我々もいま以上に努力していきたいと思っています。

サッポロビール博物館

そういう意味でも、新しい苗穂駅には大いに期待しています。周辺へのアクセスのよさが格段に上がるので、苗穂駅からの人の流れが新たにできるでしょう。近い将来、北海道新幹線が札幌までやってきます。創成川イーストはますます盛り上がりそうですね。北海道のよさとサッポロビールのよさをPRして、観光と食を盛り上げていけるように、我々もいま以上に努力していきたいと思っています。

(2018年11月)

サッポロビール博物館

住所/〒065-0007 北海道札幌市東区北7条東9丁目 サッポロガーデンパーク内 電話番号/011-748-1876
URL http://www.sapporobeer.jp/brewery/s_museum/
開館時間/11時〜20時(入館は19時30分まで) 休館日/12/31 ※月曜日(祝日の場合は翌日)と年末年始は自由見学のみ 入館料/無料

★プレミアムツアー

料金/大人500円、19歳以下300円、小学生以下無料 所要時間/約50分
スタート時間/11時30分〜17時30分の毎時00分・30分(受付は、スタート時間の10分前まで)

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