JR北海道

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北海道の鉄道を支えた苗穂工場と札幌駅高架30周年 苗穂工場が支えた北海道の鉄道。駅に人が集い、街が広がる。北海道の鉄道を支えた苗穂工場と札幌駅高架30周年 苗穂工場が支えた北海道の鉄道。駅に人が集い、街が広がる。

苗穂工場と高架開業後の札幌駅と周辺地域
苗穂工場
高架開業後の札幌駅と周辺地域

高い技術力で鉄道を支える苗穂工場

鉄道の安全を守っている施設がある。鉄道会社によって名称は異なるが、いわゆる車両基地や車両工場だ。定期的に車両メンテナンスを実施している。走行距離・時間によって定められた検査項目があり、それに合わせて、消耗品の取り替えやエンジンの検査などを行うのだ。

JR北海道には、「苗穂工場」がある。創立は1909(明治42)年と古い。北海道ではじめての鉄道「幌内鉄道」の開業から30年目のこと。「鉄道院北海道鉄道管理局札幌工場」として建てられ、貨車・客車の点検修理を担った。また、1911(明治44)年からは、新しい車両も製造している。その中には、デゴイチの愛称で鉄道ファンに親しまれてきた蒸気機関車D51もあり、1938(昭和13)年から1941(昭和16)年までに12両が造られた。終戦までに製造された車両は約400両にのぼる。その後、ジョイフルトレインと呼ばれるリゾート列車も製造した。先駆けとなった「アルファコンチネンタルエクスプレス」、北海道の鉄道車両で初めてブルーリボン賞を受賞した「フラノエクスプレス」、子どもたちの笑顔を乗せた「旭山動物園号」はとりわけ代表格だろう。

苗穂工場を支えてきたのは、高い技術力を持つ職人たち。開業当時は200人だったが、1922(大正11)年に1,300人を超える。敷地内にあった旋盤・仕上・組立などの工場で、手腕を発揮した。安全な走行に欠かせない鉄道車両のブレーキパットである制輪子(ブレーキシュー)を製造していた鋳物工場は、当時から高い技術を誇り、それはいまも継承されている。北海道という土地柄、耐寒耐雪の技術にも優れ、全国屈指と名高い。

苗穂工場には、古いレンガ造りの建物が残る。最古の建物が、明治43(1910)年築の用品倉庫。1987(昭和62)年、「北海道鉄道技術館」として生まれ変わった。北海道の鉄道技術と工場の歴史を伝えるべく、毎月第2・4土曜日13時30分〜16時に一般公開している。(都合により休館の場合もあり)

馬車鉄道(北海道開拓の村)

苗穂工場新製第1号機関車(D51形)

苗穂工場機関車組立職場(大正15年12月)

苗穂工場機関車組立職場(大正15年12月)

アルファコンチネンタルエクスプレス[北海道鉄道技術館]

アルファコンチネンタルエクスプレス[北海道鉄道技術館]

苗穂工場には、古いレンガ造りの建物が残る。最古の建物が、明治43(1910)年築の用品倉庫。1987(昭和62)年、「北海道鉄道技術館」として生まれ変わった。北海道の鉄道技術と工場の歴史を伝えるべく、毎月第2・4土曜日13時30分〜16時に一般公開している。(都合により休館の場合もあり)

隣接する苗穂駅とまちの発展

苗穂工場に隣接して「苗穂駅」がある。1910(明治43)年、函館本線の駅として開業。旅客も貨物も扱う一般駅としてスタートした。

苗穂エリアは、産業のまちである。サッポロビール、雪印乳業、福山醸造など名だたる企業の工場や倉庫が立ち並ぶ。それは明治・大正期からの風景だ。なぜ、この地が産業の拠点に選ばれたのか。理由の一つが、豊富な水。豊平川の伏流水が湧き出たのである。もう一つが、貨物輸送の利便性。それもそのはず、当時、工場と苗穂駅を結ぶ専用線が数多く敷かれていた。工場で製造した商品は、敷地内に引き込まれた線路を使って、道内外へと運ばれていったのである。水と鉄道が、まちの発展を支えた。物流システムの変化もあり、専用線は姿を消したが、いまも苗穂のまちには、当時の面影が残る。それは「札幌苗穂地区の工場・記念館群」として、北海道遺産になっている。

苗穂駅新駅舎俯瞰

苗穂駅新駅舎俯瞰

工場群よりは新しいが、苗穂駅の駅舎も歴史あるもの。1935(昭和10)年に建てられた木造の建物は、どこか懐かしい。83年間、乗客を迎え入れてきた駅舎の引退が決まった。2018年11月17日、次の駅舎に役目を譲る。新しい駅舎は、現在地よりも300mほど札幌寄り、鉄骨造2階建の橋上駅舎だ。南口と北口それぞれに駅前広場が整備され、自由通路で行き来できるようになる。「アリオ札幌」とは空中歩廊で結ばれる。北口エリアは再開発も進められていて、病院や高齢者住宅、マンション、商業施設が建つ予定だ。苗穂駅舎の世代交代とともに、人の流れが変わる苗穂エリアは目が離せない。

苗穂駅新駅舎俯瞰

苗穂駅新駅舎俯瞰

苗穂駅(2018年10月現在)

苗穂駅(2018年10月現在)

苗穂駅新駅舎

苗穂駅新駅舎

高架30周年を迎えた札幌駅

苗穂駅から普通列車でわずか3分、隣の「札幌駅」に着く。言わずと知れた、道都・札幌の顔であり、陸の玄関口である。その札幌駅の歴史は、明治初期にはじまる。幌内鉄道の手宮〜札幌が開通した1880(明治13)年、初代の駅舎が開業した。当時は、まだ「札幌駅」ではなく「札幌仮停車場」と呼ばれていた。幌内鉄道が全線開通した1882(明治15)年に2代目駅舎、鉄道国有化後の1908(明治41)年に3代目駅舎となる。4代目駅舎が開業したのは1952(昭和27)年のこと。国鉄と民間企業が共同出資する「民衆駅」だった。地下には、札幌ステーションデパート(現アピア)やニュース劇場テアトル・ポーなどがオープンする。

現在の駅舎は5代目、1988(昭和63)年に開業した。きっかけは鉄道高架事業。函館本線と札沼線の一部が高架となり、交通渋滞の一因となっていた踏切が消えた。このとき、札幌駅は、桑園駅・琴似駅とともに高架駅となる。線路で分断されていた駅の北側と南側がつながった。場所は旧駅舎より70m北側、外観デザインには、3代目の明治洋風建築の要素と4代目の水平線を強調したスタイルが取り入れられている。1990(平成2)年には、高架下のスペースにパセオが開店。1995(平成7)年、JR北海道本社の移転によって、南口エリアの再開発が進んでいく。2003(平成15)年、ついに「JRタワー」開業。「アピア」「エスタ」「パセオ」「札幌ステラプレイス」から成る巨大な駅ビルである。いまや札幌のランドマークとなった。高架から30年を経た札幌駅は、ただの鉄道駅ではなく、列車に乗る人も乗らない人も集まる街へと進化を遂げている。さらに、北海道新幹線がやってくる未来に向けて、歩みを止めることはない。

高架開業前の札幌駅

高架開業前の札幌駅

5階建に増築した4代目駅舎

5階建に増築した4代目駅舎

現在の札幌駅

現在の札幌駅

スペシャルインタビューvol.6 開拓使の麦酒工場は、いまも人々を潤す。
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