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スペシャルインタビュー Vol.4 発祥の地で手宮線の歴史と価値を伝え続けたいスペシャルインタビュー Vol.4 発祥の地で手宮線の歴史と価値を伝え続けたい

小樽市総合博物館
館長(学芸員)石川 直章さん

Profile

静岡県浜松市出身。二俣線(現在の天浜線)を眺めて育ち、鉄道好きに。同志社大学・大学院で考古学を専攻、北海道の先史時代を研究する。同志社の教員などを経て、学芸員として小樽市に勤務して25年。鉄道と考古学の研究を続けている。

蒸気機関車が走る「小樽市総合博物館」

小樽市総合博物館館長(学芸員) 石川 直章さん小樽には、1956(昭和31)年に設立された小樽市博物館がありました。旧日本郵船株式会社小樽支店の建物を活用していましたが、1969(昭和44)年に国の重要文化財に指定されたため、現在の「小樽市総合博物館運河館」がある旧小樽倉庫に移ります。その後、2007(平成19)年に小樽市博物館と小樽市青少年科学技術館が小樽交通記念館の跡地に統合されて、「小樽市総合博物館」としてオープンしました。

小樽市総合博物館(以下、博物館)の目玉は、施設内を走る蒸気機関車「アイアンホース号」です。この車両は、1909(明治42)年、アメリカのH.K.ポーター社が製造したもの。もともとは、中米グアテマラの農場で果物を運び、そのあと、アメリカのテーマパークで人々を楽しませてきました。小樽にやってきたのは1993(平成5)年のこと。ボイラーを新しく取り替えて、小樽交通記念館で運行が始まったのは1996(平成8)年です。

アイアンホース号の走行距離は、わずか200m。でも、小さいながらに蒸気のシューという音を出して走ります。ここには、いまではほとんどの駅から消えてしまった転車台が二つもあって、しかも一つは国の重要文化財、それを使って方向転換するところが見られます。転車台が回り始めると、大人も子どもも口を開けて「あ、回った!」という顔をして、見入っていますよ。

北海道の鉄道は小樽市手宮から始まった

博物館のある手宮地区は、北海道の鉄道発祥の地です。ここから札幌までレールが敷かれて、1880(明治13)年、北海道にはじめて汽車が走りました。「幌内鉄道」ですね。現在の三笠市で開坑された幌内炭鉱から石炭を運び出すために敷かれました。札幌〜幌内の線路が完成して、幌内鉄道が全面開通したのは1882(明治15)年です。

石川 直章さん

日本で最初の鉄道は新橋〜横浜、2番目が大阪〜神戸とされています。その次が幌内鉄道だとする記述が散見されますが、実は、その9か月ほど前に岩手県で「釜石鉱山鉄道」が開通しています。でも、数年で釜石製鉄所が火事で燃えてしまい、鉄道も廃止となりました。ここで大事なのは、鉄道の完成順ではなく、目的です。新橋〜横浜、大阪〜神戸の鉄道は、人を運ぶ公共交通機関として造られた「まちとまちをつなぐ鉄道」です。一方、釜石鉱山鉄道と幌内鉄道は、鉄道の初源的な意味合い、つまり、重いものをたくさん運べるという機能に特化して造られました。このような産業鉄道が、日本の近代化を支えたのです。

幌内鉄道をはじめとして北海道の鉄道は、「まちをつくった鉄道」でした。鉄道が走ると給水や荷物の積み下ろしのために駅ができて、そこに人が集まって、まちができる。小樽の場合は、もともと北前船の寄港地で、そこに鉄道が走ったから、物も人もたくさん集まって、倉庫や金融機関、卸問屋などが発展しました。そうして小樽のまちは、さらに大きくなっていったのです。1905(明治38)年、幌内鉄道は、函館〜小樽を結ぶ「北海道鉄道」と接続されて、現在のJR函館本線となりました。そのとき、いまの小樽駅方面ではなく、手宮へ至る区間が「手宮線」と呼ばれるようになります。

国指定重要文化財の鉄道遺構に命を吹き込む

石炭の積み出しという役割を小樽築港駅に譲り、手宮線は、1985(昭和60)年に廃止されました。でも、いまも当時のまま線路が残っています。小樽駅から海側へ下った手宮線の跡地には、たくさんの観光客が訪れますが、散策路ではなく、レールを歩いている観光客がほとんど。この整備方法はすごく評判がいいですね。でも、実は最初から狙ったわけではありません。跡地を買い取ったものの、整備にかけられる予算には限界がありました。手宮線は、戦時下に金属供出のために複線から単線になりました。戦後も複線には戻らず、単線の線路の横が空き地のまま。ここだけ整備しました。レールも枕木も柵も残さざるを得なかった結果、とても評判がいい整備ができたというわけなのです。当時、我々の中に鉄道のプロはいませんでした。でも、自分を含めて鉄道好きの学芸員はいた。それぞれの専門分野と趣味の鉄道を生かして、みんなで知恵を絞った結果でもあります。

そのまま線路伝いをずっと歩くと、旧手宮駅、現在の小樽市総合博物館にたどり着きます。博物館は、かつての手宮駅構内にあるのです。ここには、「機関車庫一号」「機関車庫三号」「転車台」、蒸気機関車の給水をまかなう「貯水槽」、石油などを保管する「危険品庫」、線路の路盤を支えたレンガ造りの「擁壁」が残っています。いずれも「旧手宮鉄道施設」として、2001(平成13)年に国の重要文化財に指定されました。

小樽市総合博物館

この重要文化財となった鉄道遺構を飾りものにしたくなかった。現役の姿を彷彿とさせるために、機関車庫や転車台を使いたかった。そのためには蒸気機関車が必要で、しかも動態保存にこだわりました。館内のメイン展示「しづか号」は、幌内鉄道を走っていたから適任ですが、ボイラーが現在の法律に定められた規格を満たしません。蒸気機関車の心臓に当たるボイラーを変えたら、それは「しづか号」ではなくなってしまう。断念して、製造元H.K.ポーター社の蒸気機関車を探しました。そして、アイアンホース号に出会ったわけなのです。

博物館の敷地面積は約5haで、日本屈指の規模を誇ります。そこに国鉄・JR北海道から譲渡された鉄道車両50両が展示されて、圧巻です。博物館へと続く旧手宮線の線路にも国指定文化財と同じくらいの価値があると考えているので、セットで見ていただきたいですね。手宮が日本の近代化に果たした役割はとても大きい。その場所に博物館があることに意味があると思いますし、これからも北海道の鉄道をさまざまな形で紹介していきたいですね。

子どもからマニアまで満足させる展示物

博物館の見どころはたくさんありますが、機関車庫三号に展示している「大勝号」はぜひ見ていただきたい。この手宮で製造された国産第2号、現在日本で見ることのできる最古の国産蒸気機関車なのです。外国人技術者の手を借りず、アメリカ製の機関車を見本にして、日本人だけでつくったもの。本州で主流だったイギリス系の機関車とは、見た目が違うし、運転席の位置もアメリカ式の右側になっています。北海道にはじめて蒸気機関車が走ってからわずか15年後、1895(明治28)年に完成しました。日本の重工業の初期の作品としては、保存状態が極めて良好で、極めて貴重だと思います。

大勝号昨年10月にボイラーに致命的な故障が見つかり、運行休止となったアイアンホース号が、修理を終えて手宮に帰ってきました。修理の資金はクラウドファンディングにより集めました。毎月お小遣いから100円を寄付してくれる男の子、周年記念に合わせて100万円以上もの寄付をしていただいた企業、バンバン寄付を集めてくれた関西と東京にある小樽会…たくさんの人たちが地元・小樽のためにと惜しみなく支援してくださいました。そのおかげで、アイアンホース号は復活を遂げられました。いよいよ7月25日から運行を再開しますので、堂々たる姿をぜひ見に来ていただきたいです。

大勝号

(2018年7月)

小樽市総合博物館

住所/〒047-0041 北海道小樽市手宮1丁目3番6号 
電話番号/0134-33-2523 
URL https://www.city.otaru.lg.jp/simin/sisetu/museum/
開館時間/9時30分〜17時 休館日/火曜日(祝日の場合は翌平日)
入館料/400円(300円)、高校生・小樽市内在住の70歳以上200円(150円)、中学生以下無料 ※( )内は冬期料金

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